□僕の初恋 番外編 2
「……………」
ぐらぐらと沸点が近づいてくる。確かに慎吾を最初に好きになったのは拓海かもしれないが、慎吾は嫌がっているようだったし、何よりも中里の気持ちは何となくそこはかとなく受け入れられている気がしていた。それをチョコなんぞの食い物一つでどうにかなって堪るか!と言うのは正論なのではないだろうか…。
拓海は中里が完全に黙ってしまったのを勝利と感じたのか、棒立ちになっている男から満足そうに視線を外した。
「そーゆー事で慎吾さんvvv俺の気持ち、おかわりどうですか?」
そしてまた対慎吾用である白パンダの皮を被ると、ニコニコと空になっていた皿を指さした。食べる事に夢中になっていた慎吾は先ほどの会話を聞いていなかったのか、サンキューとか言って皿を拓海に差し出す。
〜〜そんな気持ち受け取ってんじゃねぇ!!!
ブチっと派手な音を立て(聞こえたかは疑問)とうとう中里の堪忍袋の緒が切れた。怒鳴りはしなかったが、腹の底から低?い…妙義の谷底を這うような声で吐き捨てるように言った。
「別にいいじゃねぇかチョコなんぞなくたって!第一、恥ずかしげも無くそんな女の真似なんぞできるかよ!」
その言葉に、三人の時が一瞬だけ止まる。
女の…真似……?
三人の内の誰かがそう呟いたような気がした。
それと同時にダンッッッッ!!!っと大きな音を立てて、拳がテーブルに打ち付けられた。
……え?
なぜかその中里の言葉に過敏な反応を示したのは、拓海ではなく慎吾だったのだ。
瞬時に拓海が二人分のソーサーを持ち上げたので、ムースの皿が跳ね上がった程度で済んだのだが、一体何事だろうかと二人は目を白黒させる。さっきまでは幸せな顔をしてムースに舌鼓を打っていた慎吾がいきなりキレたわけが解らない。
その理由を探るために彼を良く見てみると、そのテーブルに置かれたままになっている手には小さな箱が握られていた。
慎吾のカラーである「赤」い包装紙で綺麗にラッピングされたそれ。
明らかに今日の主役になるだろうもの。
まさか……慎吾…が…?
「………悪かったな…、恥ずかしげも無く女の真似なんかして」
「あ……。…(ウソだろ、おいっっ!?)」
まさか慎吾がチョコを用意していたとは針の先ほども思っていなかった中里は頭の先から足の先まで一気に落ちていく送血感を味わった。
しまったと思ったが、時既に遅し。慎吾の切れ長の目は吊り上って、こめかみには血管が浮き出そうな勢いである。そのバックには暗雲が渦巻いて般若が顔を覗かせていたのが見えたような気がした。
「しかも女みたいに手作りだなんて、毅にはぜってー真似なんかできねーよなぁ?バカバカしくってさ?」
軽く飛び出る言葉とは裏腹にギッと強烈な眼差しで射竦められて、言い訳を言おうとした口が池の鯉のようにパクパクと意味のない空しい動きをするだけになる。慎吾が本気で怒っているのが立ち上がるオーラからもわかる…。ああ、もうどうしていいのか分からない!
それが誰にやる為の物かも気になったが、とにかく謝らなければと中里が気を取り戻そうとした時、ふ…と慎吾の視線が外れた。
そして言った言葉は…
「………これ、藤原にやる」
だった。
『えぇっっっっ???』
またしても二人同時にハーモニーを奏でる。今度は言葉、音ともに完璧だ!その意味は全くもって違うものだが。
「やった??!ホントにいいんですか?慎吾さんっっっ」
「しっっっ慎吾ぉ〜〜〜っ???」
喜ぶ拓海と涙目に訴える中里。
慎吾は後者の者からはプイッと顔まで背けて、もう完全に無視状態。
慎吾から貰えるなんて厚かましいことは思っていなかったが、それが目の前で拓海に渡されるのはあまりにも酷だった。
「開けていいですか?」
そう言いながらもちゃっかりと拓海は包装紙を開けていく…。
箱の中身は先ほどの衝撃でえらい事になっていたが、それでも型で固めたらしいワッカ状の小さなチョコが幾つか原型を留めたまま姿を現した。拓海のムースとは違う、甘くないビターの香りが鼻を擽るが、中里はそれをただ呆然と眺めていることしか許されない。
「カワイイですね、いただきま?すvvv」
そして拓海はワッカを掴むとポイッと口の中に放り込んだ。
中里に見せ付けるようにして指に付いたココアパウダーまで惜しむように舐めると、口の中で溶けて消えていったそのチョコの感想を言ってくれる。
「これ、ブランデーが入ってるんですか?凝ってますね?vvvさすが慎吾さんだvvvココアの苦味もいいし、大人の味ですね」
その解説を聞いて中里はハッと我に返った。
……もしかして。
それはもしかしたら自分用に作られたものではないか?
そう思って拓海の手中にあるチョコを見る。
ワッカと言うのはもしや32のドーナツテールをイメージしてて、甘いものを得意としない自分を考慮して、慎吾がわざわざ苦く作ったものではないかと。しるこを常人の十倍は飲んでケロッとしている拓海用に作ったのであれば、洋酒もココアも必要なくて想像を絶するくらいには甘くて当然のはず。
「…………(慎吾が俺のために?…でも…)」
何だか信じられないが、そうとしか考えられない。第一、慎吾がわざわざ手作りチョコを作るような相手の男が思い当たらない(普通に考えて女じゃない事は確かだ)し、いくら世話になってるからって、中里を通り越して高田に渡すような事は180パーセントないだろう。
だったら一番可能性が高いのは中里になる。
でも、もしそうだとしてもチョコは拓海の手に渡ってしまった今ではどうにもできない。それに慎吾に聞いても今の状況では絶対に答えてくれないだろう。
(な・な・なんてこと言ったんだ俺〜〜〜〜っっっ!!!)
来年まで待つのか?いや…待つならまだいいが、来年にまた慎吾がくれるという保障はない。それどころか、もしかしたら今日で今までの関係も終わってしまうかもしれないという危機に陥ってしまった。
チョコに未練がないと言えば嘘になるが、それよりも慎吾に嫌われる方が痛い。なんとか機嫌を取り戻せないかと、もうとっくに中里を排除した世界を作っている二人を見やった。
そしてそこでまたまたショックを受けることになる。
「そっか藤原は甘いのが好きだったよなぁ?だったら今度は普通の作ってきてやるよ」
と、そんな事を慎吾が拓海に言っていたのだ!自分でさえ慎吾にそんなことを言って貰ったことは一度たりとないのに!そのショックと言ったら頭の上に鉄骨が10本落ちても足らないほどだった。
もう目の前が暗くなるどころかお先真っ暗状態だ。
「え?ホントに!?俺のためにですか?嬉しいな〜〜v」
それとは全く逆の立場に立った拓海が本当に嬉しそうな声を上げる。
拓海だって馬鹿じゃない。悔しいがそれが中里用に作られた事くらいはお見通しだった。でも彼と中里はまだ「デキてる」とハッキリ言える関係ではないことは見ていて分かるし、自分がいない間に何があったのかは知らないが、中里はともかく彼の気持ちはまだ曖昧なままと見ていた。だからまだまだ自分にもチャンスはある。本気だから、彼が中里と付き合っていようが何だろうが、引いてなんかやらないのだ。
「だったら今度一緒に作りませんか?ケーキとかクッキーとか」
さて作戦第二弾!とばかりに拓海は怒っているのではなく傷ついているであろう慎吾の心境を利用する。まさに棚からボタモチ状態。中里から地雷を踏んでくれるなんて何て好都合なんだ。
「お!それいいな」
思ったとおりに慎吾はその言葉に頷いてくれた。あれだけ拓海と二人きりになるのはおろか、一緒にいる事でさえ嫌がっていた慎吾が!
初めて用意したバレンタインの、初めて作ったチョコ。それを中里に馬鹿にされたのだから、そのくらいのヤケを起こしたって不思議じゃない。
「慎吾……」
どうにも入り込めない会話を繰り広げられて中里は恨めしそうに名前を呼ぶが、慎吾からはまだいたのかよ?みたいな冷た?い緯線が浴びせられる。しかも何を勘違いしたのか険悪さも倍増である。
「なんだよ!また女の真似って言うのかよ、ああ?!」
余程その言葉が気に入らなかったのか、かなり根に持っている様子だ。
こうなった慎吾は手が着けられないのは百も承知。
でもこのままじゃあまりにも悲しくないか?せめて誤解だけでも解きたい!男らしくなくたっていいから言い訳の一つや二つや三つや四つくらいはさせてもらいたい!
「ちっちが…」
違うんだ!と言おうとしたのに…それすらも許されなかった。
「ほんっと!てめーとは合わねーのな!?サイアク!!!」
「〜〜〜〜〜っっっっ」
………………撃沈。
合わないって、相性が?俺と慎吾が……?最悪?
瞬時に化石と化した中里。
その体は哀れにも頭の先から罅が入り、粉々に砕け散った後は突風により掃除されて跡形も無くなったという…。
それでも完全にムカッ腹を立てた慎吾は気にすることもなく、むしろあてつけのように拓海との会話を楽しんでいた。
気の済むまで話して、どのくらいの時間が経過しただろうか。
「じゃあ慎吾さん、約束忘れないで下さいネvvv」
「おう、楽しみにいてるぜ?」
拓海は全てお茶会の道具を手際よく再びハチロクに収め終わると(だからどうやって?)運転席のウインドーを降ろして別れを惜しむように身を乗り出した。その様子からどうやら第二作戦は成功したもようで、拓海は事のほか上機嫌。もちろん慎吾も。
そこで無防備の慎吾の頭でも引っ掴んでキスの一つでもかましてやろうかと思ったが、そんなことは後々のオタノシミでも大丈夫だ。その為にも最後に約束を念押しして拓海はハチロクのクラッチをつなぐ。
それを追いかけるようにして慎吾もEG6に乗り込んだ。
他のメンバー達が腐るほど走っていることもあり、ダウンヒルスペシャリストとも思えないようなのんびりとした走行を見せた二台。周りの車が気を利かせて退き(逃げ)始めると、慎吾のパッシングを合図にそこからは全力を出して疾駆する。
そのタイムは惜しくも計測されていなかったが、見た者たちは口々に新レコード達成か!?と洩らしたらしい。
いつもならば赤と黒の並びが、今日は赤と白の残像を残してコナーに吸い込まれ消えていった。
先頭車から吐き出された排気ガスは車に相応しく濃厚なもので、そこにいた者達はドギツイピンク色のものに見えたという。
運悪く窓を開けてそれを吸い込んでしまった者がどうなったかは知らない…。
えてして新たなる伝説(連続殺人の?)が妙義に生まれたのであった。
END
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